からっぽの中の唄

ショートショートショートの作品を散りばめた星

伝説のハリセン

f:id:rntriple6:20171108222538j:plain

 

 街の中心に光り輝く一振りのハリセンが刺さっていた。

 これは、かつて魔王とその配下の怪物たちに支配されていた我が大陸を訪れた女性が「なにやっとんねん、このあんぽんたん!」という呪文を叫びながら、魔王直属部隊を皮切りにバッサバッサと敵を叩きのめし、一夜のうちに魔王城を無血開城させたという、伝説の剣でございます。

「……いや、これ、剣ちゃうやん。完全にハリセンやん」

「そうです、この勇者の剣は"ハリセン"と呼ばれています」

魔王を始めとする悪の心を叩き出し、誰でも例外なく清く正しい姿に変えるという聖なる力を持っています。この"ハリセン"に叩かれた者は本来のあるべき姿を取り戻したため、何百年と続いた暗黒の時代は犠牲者を出さずに終わりを告げたのです。悪は滅び、この大陸に平和が訪れました。そして勇者の剣だけが残りました。

「その女は何者やねん」

「わかりません、悪が滅びた瞬間に姿を消しましたから」

 それからというもの、我が国ではいつか勇者がこの街をふらっと訪れてくれる日を信じて、大切にこの"ハリセン"を保管しています。そうしているといつの日からか、伝説を聞きつけた腕利きの猛者たちが次々に「次の勇者になるのは俺だ」と勇者の剣を抜くためにやってきたのです。それは我々の予想をはるかに超え、勇者の剣に長蛇の列ができるほどでした。私たちは金の匂いを感じて、すぐさま勇者の剣をメインとしたテーマパークを作りました。

「伝説の剣、完全に見世物になってるやないかーい!」

けれど未だかつて伝説の剣を抜くことが出来た人間は誰一人いません。もちろん剣を抜くことも必要ですが、何よりも剣に認められなければ真の持ち主になることはできないという言い伝えがあります。伝説の剣の持ち主として認められる要素、それは『ツッコミをいれたくなる』という性質なのです!

「……つまり?」

「つまり貴方さまが選ばれたのです、我らが勇者よ!」

枕元にきゅうりがいる生活

f:id:rntriple6:20171107223310j:plain

 

「おまえのことは俺が守るから安心して寝ろ」

「俺の鍛え抜かれた体に見惚れるなよ?」

といった言葉を耳元で囁かれたら、キュンとするだろうか。いいや、しない。それが片思いをしているあの人だったり、ちょっとカッコイイなと思っている先輩だったりするのなら、話は違ってきたかもしれないが。

 それが磨き上げられた白い皿の上でポーズを決めているきゅうりだったり、いつでも新鮮でシャキシャキであることがウリなのだと、氷水の入ったボウルに浸かってこちらをじっと見つめているきゅうりだったり。貴方のために布団を温めてましたなんて言い出す奥ゆかしい正座姿のきゅうりだったりするのだから、たまったものではない。

 いつからきゅうりが枕元で囁くようになったのか、詳しいことは誰もわからない。何度、野菜室でおとなしくしてろと言い聞かせても、寝る時になると枕元にやってくる。こいつらに共通するのは、自らの意思で自らの生を全う(美味しく食べてもらう)するために自分を売り込みに来ているらしいということだった。

 確かに真夏の寝苦しい夜などはとても役に立つ。主に夜中に喉が渇いたり、タイマーになって消えてしまった冷房、うだる暑さに襲い来る熱中症。そういう危険から私たちを守ってくれるのは、いつだってきゅうりだった。

 けれどふと漂ってくるきゅうり独特の青臭さはいつまでも慣れないし、夜に地震があったりトイレに飛び起きたりすると、誤って踏みつけてしまうこともある。そういう時に「我が一生に悔いなし」とか「踏みつけられるのはご褒美です」とか「俺の屍をこえてゆけ」とか、明らかに俗世に染まり切った最後っ屁を残していくのだけはやめてほしい。

トナカイOJTサービス

 

f:id:rntriple6:20140806202236j:plain

 

 クリスマスという1年に1度の限られた期間しか仕事がないトナカイの暮らしは、困窮していた。世界中の子どもたちに夢を配るだか何だか知らねぇが、赤い服に白いひげを生やしたおっさんを乗せる仕事はほぼボランティア。赤字営業みたいなもんだ。

このままじゃ生きていけない。そんな銀河宇宙を股にかけ、プレゼントと夢を配る銀河宇宙配達団体に所属しているトナカイたちが一念発起して立ち上げたのが「トナカイOJTサービス」だ。

銀河宇宙を自由自在に飛び回るトナカイたちの実体験、失敗談、格好よく飛ぶための秘訣などを1対1で学ぶことができるとあって、大人になって初めて夜空を瞬くように流れる最初で最後の仕事をすることになった星々にとって、不安を解消できる心強い味方として話題沸騰中のサービスに成長した。

こうしてトナカイたちの生活水準はうるおいを取り戻し、星々は次々に人々に注目される流星となった。そしてクリスマスの夜、流星が流れる時にリンリンリンと鈴の音が聞こえるようになり、それがサンタクロースが街にやってくる合図として親しまれるようになったのだ。

ピクニックドラゴン

 

f:id:rntriple6:20171106221118j:plain

 

 ある時、突如として地球に巨大な隕石が落下し、その隕石の中から地球外生命体が発見された。それは所謂ファンタジー世界の生き物だと信じられてきた「ドラゴン」という生き物だった。世界中がパニックになり、各国が連携して世界非常事態宣言を発令。過去の遺恨などは横において、全力を持ってドラゴンという外敵の排除に乗り出した。

けれどそのドラゴンたちには人に害をなそうとする意志がこれっぽっちもなかった。それどころかとても人間に好意的だったため、人とドラゴンの間で協定が結ばれ、人々の生活を手助けする生き物として受け入れられたのだ。その一端を担うことになったのが「ピクニックドラゴン」である。

 ドラゴンたちには体の大きさを自由に変えられるという性質があったため、普段はキーホルダー型で人々の生活に寄り添い、人が背中をなでることを手助けを必要とする合図とし、体の大きさを調整した。おとなしいもの、力持ちなもの、勇敢なもの、母のように深い愛情をもつもの。性格の異なる手のひらサイズドラゴンが誕生することになったのだ。

「ピクニックドラゴンで旅行をしようと思うんだけど、どう?」

 私は新しいもの好きの友人に誘われた。ピクニックドラゴンで旅行をするというのは、既存の旅行スタイルに飽きてしまった人であったり、まるでファンタジー世界の住人になったかのような気分に浸れるとあって、最近人気が出ている個人旅行のことだ。野宿が基本のサバイバル旅行だが、バーベキューのための火おこし、野宿する際の安全確保、旅行の荷物運び、バスや電車で移動することなくドラゴンの背中に乗れるなど、滅多に出来ない体験ができる。

「いや、やめとく」

「えー、なんで?」

まず火力の調整が難しい、バーベキューの肉を焼こうとしても総じて全て消し炭になってしまう。ドラゴンの炎は敵を一掃するための火力なのだ。またドラゴンが現れたことによって、自然界の生態系を崩しかねないという問題がある。ドラゴンは人に好意的ではあるけれど、その図体の大きさは他の生物たちにとって恐怖の象徴なのだ。最後に、これが最もやっかいで被害が大きいのだが―――ドラゴンによる飛行手段は法の整備が整っていない。ドラゴンが空を飛ぶたびに、地上に張り巡らされている電線がはじけ飛び、街中が停電になったり、飛行機との接触未遂が多発している。

 だからピクニックドラゴンを利用した個人旅行は、誰もが安全に楽しめるレベルに達していないと私は思っている。ドラゴンと人の生活が本当の意味で共存するのは、まだもうちょっと先の話になるかもしれない。

 

 

お菓子を食べる階段

f:id:rntriple6:20161025134233j:plain

 

 僕の住んでいる街の最寄り駅はちょっとした観光名所になっている。

 知っているかい?―――「お菓子を食べる階段」があるんだ。とっても食いしん坊で、人が落としてしまったパンくずとか、スナック菓子のかけらとか、口元につきっぱなしだったご飯粒とか、時にはシュワシュワと炭酸はじけるコーラなんかも、落ちているものはなんだって食べちゃうんだ。

どうやら僕たちが階段を上り下りしている時の靴音に紛れるようにして、バリバリボリボリと咀嚼しているみたいなんだ。中でもクッキーがお気に入りのようでね。機嫌がいい時なんかはコツコツとしたコンクリートの階段がまるで木琴のように音楽を奏でて、鼻歌を歌っている時もあるんだよ。面白いだろう?その様子を一目見たくて、海外からの旅行客もわざわざ僕らの街を訪れてくれるのさ。

この階段のおかげなのか、駅のホームはいつもホコリ一つないくらいに綺麗だね。掃除する必要がほとんどないって聞いたことがある。条件反射でなんでも口に入れてしまうみたいだけれど、お金を落とした時は必ず持ち主に返してくれるらしい。そういう点は駅員さんも助かっているみたいだ。

 けれど、1つだけ注意しなくちゃならないことがある。くいしんぼうな階段にも苦手なものがあるんだ。それが苦いモノと辛いモノ。前にポトリと落ちたタバコの吸い殻をココアシガレットと勘違いして飲み込んでしまったことがあってね。ゴホンゴホンとそれはもう相当むせて、階段が原型をとどめないほど波打って、階段を利用していた人が全員ドミノ倒しになってしまったのさ。