からっぽの中の唄

ショートショートショートの作品を散りばめた星

枕元にきゅうりがいる生活

f:id:rntriple6:20171107223310j:plain

 

「おまえのことは俺が守るから安心して寝ろ」

「俺の鍛え抜かれた体に見惚れるなよ?」

といった言葉を耳元で囁かれたら、キュンとするだろうか。いいや、しない。それが片思いをしているあの人だったり、ちょっとカッコイイなと思っている先輩だったりするのなら、話は違ってきたかもしれないが。

 それが磨き上げられた白い皿の上でポーズを決めているきゅうりだったり、いつでも新鮮でシャキシャキであることがウリなのだと、氷水の入ったボウルに浸かってこちらをじっと見つめているきゅうりだったり。貴方のために布団を温めてましたなんて言い出す奥ゆかしい正座姿のきゅうりだったりするのだから、たまったものではない。

 いつからきゅうりが枕元で囁くようになったのか、詳しいことは誰もわからない。何度、野菜室でおとなしくしてろと言い聞かせても、寝る時になると枕元にやってくる。こいつらに共通するのは、自らの意思で自らの生を全う(美味しく食べてもらう)するために自分を売り込みに来ているらしいということだった。

 確かに真夏の寝苦しい夜などはとても役に立つ。主に夜中に喉が渇いたり、タイマーになって消えてしまった冷房、うだる暑さに襲い来る熱中症。そういう危険から私たちを守ってくれるのは、いつだってきゅうりだった。

 けれどふと漂ってくるきゅうり独特の青臭さはいつまでも慣れないし、夜に地震があったりトイレに飛び起きたりすると、誤って踏みつけてしまうこともある。そういう時に「我が一生に悔いなし」とか「踏みつけられるのはご褒美です」とか「俺の屍をこえてゆけ」とか、明らかに俗世に染まり切った最後っ屁を残していくのだけはやめてほしい。